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東北復興旅行 2・3日目

  • 執筆者の写真: SANOSO
    SANOSO
  • 16 時間前
  • 読了時間: 3分

いつもblogをご覧いただきありがとうございます。


1日目の旅行記を思い入れ強く長々と書いてしまいましたので

2日目と3日目はダイジェストで足早にお送りいたします。


2日目は福島県に移動し原発被害のあった浪江で「東日本大震災・原子力災害伝承館」を見学しました。

静岡 解体業

当時の様子と街並みをガイドさんと共にバス乗車で案内していただき、

改めて昨日同様に震災の被害を目の当りにしました。

静岡 産廃業
静岡 収集運搬業

原発の被害は当時報道され、皆さんもご承知だと思いますが、それ以上に報道されることがなかった風評被害を酷く受けた県でもあります。

福島県ナンバーの車で他県に行けば、

「放射線がうつる。。」の言葉を浴びせられたり、

時には車に傷をつけられたり。。。

子供が転校先でいじめにあったり。。等 

当時私も、友人をこの風評被害により亡くしました。

静岡 解体業

見学最後に慰霊碑に行きましたが、この原発の被害と報道される事のなかった風評被害については改めて考えさせられました。


その後は、福島県民お馴染み小学校と中学校学習旅行定番の「野口英世記念館」に寄り、

静岡 産廃業
静岡 収集運搬業

会津に移動し冷えた体を温泉でゆっくり温め郷土料理をいただき

2日目の夜は終了です。


いよいよ最終日3日目


飯盛山で白虎隊のお墓に手を合わせ、

13歳から18歳の少年の子供達の生い立ちから日本の背景を

ガイドさんの話を交えながら、思いを寄せました。

静岡 解体業

同じ年頃の子を持つ私としてはなんとも複雑で国の為とはいえ、

息子を失った母の気持ちはきっと無念だったかと想像します。


白虎隊の子供達は最後自害する際、母上に唱をうたったそうです。

いつも思うけど、神風特攻隊も母に書を残し白虎隊も母に唱を残す。

父上はどうしたのでしょう。かわいそう


さてそんな疑問を胸に、鶴ヶ城へ移動です。

この日はまだ桜は開花していませんでしたが、ここは桜の名所でもあります。4月・5月には桜が満開になりお城の白と桜のピンクがとてもきれいな場所です。



いよいよ3日間の旅も終わり、郡山駅から静岡に帰ります。

いつもそうですが、新幹線で大宮までは私は大泣きします。

ホームシックです。

そして宇都宮あたりで気持ちを切り替えます。

「さよなら福島、またくっかんね」です。


静岡 産廃業


会社での旅行内容と云うよりもかなり私の私情が絡んでしまい

読みずらい部分があったかと思いますが、ご理解ください。


また違った旅行記をご覧になりたい方は、

インスタでも公開しておりますのでそちらをご覧ください。


最後になりますが、震災から15年・・・

東北を忘れないでください。忘れません。


そして今回の旅行企画、私の参加を許可していただきました社長はじめ主人、社員の皆様にはこの場を借りてお礼申し上げます。


ありがとうございました。



 
 
 

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